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東京地方裁判所 平成4年(ワ)2081号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金三億円及びこれに対する平成四年二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、宅地建物取引業法所定の免許を受けていない者である。

2  株式会社サンユー(以下「サンユー」という)は、被告との間で、平成元年六月二〇日、被告から借り入れた資金等をもつて、別紙物件目録記載の各土地(以下「本件土地」という)を含む一団の土地(以下「本件一団の土地」という)を各地権者から買い上げ、被告に対して転売するとの内容の協定を締結した。

3  春川トキ子(以下「春川」という)は、本件土地の所有者であつたが、サンユー及び春川は、東京都港区長に対し、平成二年一〇月二六日、本件土地及び同土地上の建物(以下「本件土地建物」という)について、春川を譲渡人、サンユーを譲受人、予定対価を合計金六一億五二五九万八八七五円とする国土利用計画法二三条一項所定の土地売買等届出書を提出したところ、東京都知事は、春川及びサンユーに対し、同年一一月三〇日、右届出について勧告しない旨の通知をしている。

なお、右届出書の譲受人の担当部課又は代理人欄には、株式会社乙山産業甲野太郎と記載されている。

4  春川は、サンユーに対し、平成二年一二月二八日、本件土地建物を代金六一億五二五九万八八七五円で売り渡し(以下「本件売買契約」という)、サンユーは、被告に対し、平成三年二月五日、本件土地建物を代金六二億〇九一五万七五七四円で転売した。

二  争点

1  原告の主張

(一)(仲介報酬)

被告は、サンユーと共同して、原告に対し、平成二年三月ころ、本件売買契約等の仲介を委託し、その際、右仲介の報酬を売却物件価格の三パーセントとすることを約すると共に、売主が原告に対して負担する右同額の報酬債務を連帯保証していたところ、右仲介委託契約に基づき原告が仲介行為をした結果、本件売買契約が成立したものであるから、原告は、被告に対し、仲介委託契約及び連帯保証契約に基づき金三億六九一五万円の内金三億円及びこれに対する請求の日の翌日である平成四年二月二九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)(民法上の組合)

(一)のとおり被告及びサンユーが共同して仲介委託をしたと認められないとしても、サンユーは、被告との間で、平成元年六月二〇日、本件一団の土地を共同事業として開発することを協定していたもので、サンユーと被告は民法上の組合を構成していたものであるから、サンユーが原告に対して負担する債務については被告も負担すると認められるところ、サンユーは、原告との間で、(一)と同旨の仲介委託契約及び連帯保証契約を締結し、右仲介委託契約に基づき原告が仲介行為をした結果、本件売買契約が成立したものであるから、原告は、被告に対し、右協定、仲介委託契約及び連帯保証契約に基づき金三億六九一五万円の内金三億円及びこれに対する請求の日の翌日である平成四年二月二九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(三)(契約上の地位の承継)

(二)のとおり被告及びサンユーが民法上の組合を構成したと認められないとしても、サンユーは、原告との間で、(一)と同旨の仲介委託契約及び連帯保証契約を締結し、右仲介委託契約に基づき原告が仲介行為をした結果、本件売買契約が成立したものであるところ、サンユーが被告に対し、平成二年一二月二八日、本件売買契約における買主たる地位を代金六一億五二五九万八八七五円で譲渡するに際して、被告は、サンユーが原告に対して負担していた仲介委託契約及び連帯保証契約に基づく金三億六九一五万円の支払義務も引き受けたものであるから、原告は、被告に対し、仲介委託契約、連帯保証契約及び買主たる地位の譲渡(債務引受)に基づき右金員の内金三億円及びこれに対する請求の日の翌日である平成四年二月二九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(四)(債権侵害に基づく不法行為)

サンユーは、原告との間で、平成二年三月ころ、(一)と同旨の仲介委託契約及び連帯保証契約を締結していたところ、右仲介委託契約に基づき原告が仲介行為をした結果、同年一〇月二六日東京都港区長宛に国土利用計画法所定の土地売買等届出書の提出及び同年一一月三〇日東京都知事から右届出について不勧告通知がなされ、同年一二月二八日右通知に基づき本件売買契約が成立するに至つたものであるが、被告及びサンユーは共謀の上、本件売買契約の締結に際して原告を排除したため、右仲介委託契約及び連帯保証契約に基づき原告が春川及びサンユーに対して取得するはずであつた仲介報酬債権が発生しなかつたのであるから、原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として仲介報酬相当の金三億六九一五万円の内金三億円及びこれに対する不法行為の後の日である平成四年二月二九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  被告の反論

(一) 原告の主張(一)(仲介報酬)について

被告は、サンユーと共同して、原告に対し、平成二年三月ころ、報酬について売却物件価格の三パーセントとする本件売買契約等の仲介を委託し、また、売主が原告に対して負担する右同額の報酬債務を連帯保証したことはない。

(二) 原告の主張(二)(民法上の組合)について

サンユーは、被告との間で、平成元年六月二〇日、本件一団の土地を共同事業として開発することを協定していたものではあるが、サンユーと被告は民法上の組合を構成していたことはなく、サンユーが原告に対して負担する債務について被告は負担するものではない。

(三) 原告の主張(三)(契約上の地位の承継)について

(1) サンユーと被告との間で、平成二年一二月二八日になされた本件売買契約における買主たる地位を代金六一億五二五九万八八七五円で譲渡する旨の合意は、平成三年二月五日合意解除された。

(2) サンユーが、被告に対し、買主たる地位を譲渡した際、被告は、サンユーが原告に対して負担していた仲介委託契約及び連帯保証契約に基づく金三億六九一五万円の支払義務を引き受けたことはない。

(四) 原告の主張(四)(債権侵害に基づく不法行為)について

被告及びサンユーは共謀の上、本件売買契約の締結に際して原告を排除したことはない。

(五) 抗弁(仲介報酬債務の性質)

原告の請求は、いずれも本件土地建物の仲介行為をしたことにより、仲介報酬請求権が発生することを前提としているところ、宅地建物取引業法は、建設大臣又は都道府県知事の免許制度を規定して(同法三条)、免許を受けない者の宅地建物取引業を禁止し(同法一二条)、かつ、右規定に違反した者は三年以下の懲役もしくは五〇万円以下の罰金を規定しているものであるから(同法七九条)、原告が宅地建物取引業法所定の免許を受けることなくして、業としてサンユー若しくは被告から仲介委託を受けて本件売買契約の仲介行為をしたとしても、前記仲介委託契約及び連帯保証契約は公序良俗に反し無効(民法九〇条)であり、しからずとも、右各契約に基づく仲介報酬請求権は裁判による強制をもつて実現を求めることはできないもので、右仲介報酬債務は自然債務というべきである。

第三  争点に対する判断

一  争点掲記の原告の主張(一)ないし(四)の事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

かえつて、サンユーから原告に対する取纏め依頼書及び委任状は存在するものの、被告から原告に対する同様の書類は何ら作成されていないこと、サンユー及び被告は、サンユーが被告から借り入れた資金をもつて本件一団の土地を各地権者から買い上げ、被告に転売するという関係にあるにすぎず、サンユーと被告の間の協定書及び合意書中には、民法上の組合の要素である組合の目的、出資、運営委員会による意思決定等は定められていないこと、サンユーが被告との間で締結した本件売買契約の契約上の地位の譲渡契約書には、本件売買契約とは別個独立の契約である仲介委託契約及び連帯保証契約に基づきサンユーが原告に対して負担する仲介報酬債務を被告が引き受けるとの記載はなされていないこと等の事実に照らすと、被告はサンユーと共同して原告に本件売買契約の仲介を委託しているとはいえないし、被告とサンユーは民法上の組合を構成しているともいえず、さらに、被告は、サンユーが原告に対して負担していた仲介委託契約及び連帯保証契約に基づく仲介報酬債務を引き受けているともいえない。

二  仮に、争点掲記の原告の主張(一)ないし(四)の事実が認められたとしても、宅地建物取引業法は、宅地建物取引業を営もうとする者に建設大臣又は都道府県知事の免許を受けることを要求し(同法三条)、右免許を受けない者が宅地建物取引業を営むことを禁止している(同法一二条)から、本件のように同法所定の免許を受けていない者が、仲介委託契約及び連帯保証契約に基づき仲介報酬を請求する場合、そもそも右各契約自体が公序良俗に反し無効であるか否か、無効でないとしても、右各契約に基づき委託者が負担する仲介報酬債務は自然債務であるか否かが問題となる。

1  宅地建物取引業法のごとき取締法規に違反してなされた法律行為の効力は、その立法趣旨、違反行為に対する社会の倫理的非難の程度、一般取引に及ぼす影響等を総合的に検討して決せられるべきところ、宅地建物取引業法はその制定目的として、宅地及び建物の流通の円滑化のみならず、購入者等の利益の保護を掲げていること(同法一条)、宅地建物取引業を営む者は不動産取引について知識や経験に乏しい一般国民を相手にすることが多いため、悪質業者を排除して取引の公正を確保すべく、業者に対し規制を行う要請が強いこと、宅地建物取引業法は右要請を受けて昭和二七年の制定以降、数次の改正により次第に業者に対する統制を強化してきたこと、免許制度は同法の業者に対する統制の根幹であるところ、右免許については一定の欠格事由が規定されており(同法五条)、右免許を受けないで宅地建物取引業を営む者については三年以下の懲役若しくは金五〇万円以下の罰金に処し、又はこれを併科するものとしている(同法七九条二号)など少なからぬ強行法規を有し、かつ、その違反行為については刑罰による制裁を予定していることなどにかんがみると、無免許の宅地建物取引業者のなした仲介委託契約及び売主が原告に対して負担する仲介報酬債務の連帯保証契約は直ちに無効ということはできないとしても、委託者が任意に支払をすることは格別、右各契約に基づく仲介報酬請求権は、裁判による強制力をもつて実現を求めることはできないものというべきであり、右各仲介報酬債務は自然債務というべきものである。

2  そこで、原告が右仲介をしたことが宅地建物取引業法で禁止されている宅地建物取引業を営んだことに該当し、仲介委託契約及び連帯保証契約に基づく各仲介報酬債務が自然債務であるか否かが問題となる。

(一) ところで、宅地建物取引業とは、業として宅地建物の売買の媒介等を行うことである(宅地建物取引業法二条二号)ところ、《証拠略》によれば、原告は、宅地建物の仲介の仕事について熟知するには宅地建物取引業法所定の免許を取得しておいた方がよいと考えて、同法所定の免許を取得するために願書を取り寄せたことがあること、平成二年にはそれまで本業としていたイベント企画等を控え、サンユーからの委託を受けて、専ら本件一団の土地を買い上げるために、春川他複数の地権者を相手方として仲介作業に従事していたこと、株式会社乙山産業が手掛けていた横須賀の不動産物件等についても仲介行為をしていたことが認められる。

そうすると、原告は、反復継続して行う意思で、不特定又は多数人のために宅地建物売買の仲介をしており、その一環として本件売買契約の仲介をしていたものというべきであるから、原告の右仲介は宅地建物取引業法で禁止されている宅地建物取引業を営んだことに該当するものといわなければならない。

(二) したがつて、仮に、被告ないしサンユーの委託に基づき、原告が仲介をした結果、本件売買契約が成立したものであることが認められるとしても、右仲介委託契約及び連帯保証契約に基づく仲介報酬債務はいずれも自然債務にすぎないというべきであるから、仮に、争点掲記の原告の主張(一)ないし(三)の事実が認められたとしても、仲介報酬請求権については裁判による強制力をもつて実現を求めることはできないというべきである。

また、右のとおり、仲介委託契約及び連帯保証契約に基づく仲介報酬債務がいずれも自然債務にすぎない以上、仮に、争点掲記の原告の主張(四)の事実が認められるとしても、未だ、原告には損害賠償をもつて償うに足りる損害が生じたということはできないというべきである。

なお、この点に関し、原告は、原告が宅地建物取引業法所定の免許を受けていないことを前提としても、原告が行つた仲介行為の内容、原告が無免許で仲介行為をしたことによる弊害の程度と内容、当事者双方の具体的な事情等を勘案して、信義公平の見地から自然債務に該当するか否かを判断すべきであるところ、本件において、原告の行つた仲介の態様は公正、健全なもので宅地建物取引業法の趣旨に照らして非難されるべき要素は全くないこと、原告は本業をイベント企画等としており、宅地建物の取引については無免許、門外漢であるところ、原告に仲介を委託したサンユーないし被告は宅地建物取引業者であることに照らすと一般取引に与える弊害はないこと、加えて、サンユーないし被告が原告の仲介行為の成果を享受しながらそれに対応する負担を免れることは著しく不公平である等の事情を比較勘案すると、その仲介報酬債務は自然債務というべきではないし、また、被告は、原告が宅地建物取引業法所定の免許を受けていないことを知つて原告に本件売買契約の仲介を委託したサンユーから、本件売買契約の買主たる地位を譲り受けたものであり、加えて、本件売買契約の仲介を委託したのは実質的には被告であること、しかも、サンユーないし被告が原告の仲介行為の成果を享受しながらそれに対応する負担を免れることは著しく不公平であること等の事情からみて、被告において原告が宅地建物取引業法所定の免許を受けていないことを主張することは信義則に反すると主張する。

しかし、前記のとおり、宅地建物取引業法は、同法所定の免許を受けていない者が宅地建物取引業を営むことを形式的かつ一律に禁止し(同法一二条)、右規定に違反した者については懲役刑を含む厳重な制裁を予定している(同法七九条二号)のに対し、同法所定の免許を受けていない者に宅地建物取引の仲介を委託する行為についてはこれを禁止していないことにかんがみれば、宅地建物取引業法所定の免許を受けることなく、業として宅地建物取引の仲介行為をした者に対する委託者の仲介報酬債務は一律に自然債務というべきであり、また、被告において原告が宅地建物取引業法所定の免許を受けていないことを主張することも信義則には反しないというべきであるから、原告の所論はすべて理由がない。

三  以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福井厚士 裁判官 河野清孝 裁判官 絹川泰毅)

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